古典アオギス竿一対現在、キスといえばシロギスのことであるが、古きよき時代の江戸前のキスというのはアオギスのことを指したようだ。
写真の一対のアオギス竿は作者不詳の二本継ぎ、全長十一尺五寸(3.45メートル)。穂先がかなり太いのと、調子が強いところから大物狙い用と思われる。
この竿の特徴としては、竿が切り組まれる時に付けられる合印が、サクラとウメの花の書き印となっていること。一般 的には刻み印や小さな焼き印だが、書き印は珍しい。日本釣具大全(笠原出版)で紹介されているカイズ竿にも同様の書き印があるので、同じ職人による竿と思われる。素材、仕上げとも上質で明治末から大正期の作品と推定される。
古典の銘竿(作者不詳)
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古典カイズ竿二種かつて、江戸前の各所や導流杭などで使われたであろうカイズ竿二種。どちらも繊細な穂先は同様だが、竿形はかなり異なる。
左側は、水牛の角をヒジ当てに使った古い作品。一本ずつの切り(長さ)が揃っていないのと、口金の形状、塗りなどから推定すると明治期の竿ではないだろうか。
右側は古典というほどではなく、大正から昭和初期の作品と思われる一対のうち一本。ヒジ当てを除くと元三本の切りが揃っており、海釣り竿には珍しく三本仕舞いになる。
手元部分の化粧巻きや、すっきりした口金など洗練されたスタイルが確立しており、口巻部分の透き塗りや全体の作風から、銘は入っていないが東作系の竿ではないだろうか。
古典の銘竿(作者不詳)
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総クジラ製タナゴ竿六寸節、三本継ぎで全長は約一尺五寸。深川(東京都江東区)木場の堀割の材木の間でタナゴを狙ったという桟取り竿を模して作られたものだろう。
総クジラ製で、石突き、継ぎ口、糸巻き、ガイドのいずれもが銀細工。竿本体には竹を模した造り節が刻み込まれている。
いつごろ、だれが作ったかも不明だが、明治後期から大正ごろ、金持ちが道楽に作らせたものではないだろうか。ただし、高名な和竿作者に写真を見てもらったが、細工は素人くさいとのことだった。また、穂先先端は後年になって使用者が直したらしく、普通の蛇口が付けられている。
古典の銘竿(作者不詳)
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古典・小継ぎフナ竿釣り関係の文献や残された古い竿を見ると、明治から昭和初期ぐらいまでのマブナ竿は、二~三尺切りの並べ釣り用と、小継ぎの細流探り釣り用に分かれていたようで、二尺切りがマブナ竿の定番となったのは、少し後のことのようだ。
写真のマブナ竿は、八寸(24センチ)切り、四本仕舞い十七本継ぎ、手元は矢竹根掘りで金属の石突き付き。穂先はヒョウタン型。胴にかかる調子だが、張りがあり使いやすそうな仕上がりとなっている。
竿袋もなかなか凝った作りで、明治末から大正期の作品と推定されるが、当時としても高価であっただろう。竿銘はなく、合印として"三"が刻まれている。黄塗りと作風から、竿治系職人の作品の可能性もある。
古典の銘竿(作者不詳)
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古典ボラ竿一対江戸前のノリヒビの間を狙ったボラ釣りで使われた竿は、二本継ぎか三本で元の太い、きわめて強い調子の丈一(3.3メートル)か十一尺五寸(3.45メートル)というのが定番の竿形。しかし、写真の本品は四本継ぎで、全長二間(3.6メートル)であり、全体の調子としては強いが、元竿の太さも、比較的新しいボラ竿に比べ細身となっている。
木製の口栓も時代を感じさせるもので、橋の欄干の飾りに見られるギボシ型。口金は大きさが揃っているうえ、ヒジ当てを除いた切りが三尺三寸(約1メートル)で決まっているので、明治末以降、大正期にかけての作品と思われる。作者は不詳だが仕上がりはよく、塗りは黄土色。
古典の銘竿(作者不詳)
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古典メナダ竿一対メナダ(赤目魚)は一般的には馴染みのない魚だが、ボラの近似種でさらに型がよく、食味もいいところから、数の釣れる魚ではないが、かつては専門に狙う人も結構いたらしい。
釣り場は、江戸前のノリヒビの少し沖やボラと同じような所を釣ったという。釣れればボラより大型なだけに、竿は頑丈そのもの。写真の一対のうち右側の穂先の方が細いが、それでもテーパーはかなりきつく強い調子で、現在のイシダイ用和竿の穂先よりさらに強いから驚く。左側の方は、テーパーはゆるいが、もっと太く、先端部でさえエンピツぐらいは楽にある。
仕上がり、素材ともまずまず上質だが、切りの揃ってないところから見ても明治後期の竿ではないだろうか。
古典の銘竿(作者不詳)
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